みんなは、私の一部。

私は、みんなの一部。


世界はすべてつながっている。

私が感じていることも、すべてつながっている。


私は完璧じゃない。

みんなも完璧じゃない。


私の一部のみんなと、

みんなの一部の私がすべてそろって、

世界は、ひとつの〇になる。


だから、私が一生懸命やっていることは、

宇宙の中のみんなの一部。


みんなが、私に見せてくれることは、

私の中にも存在していること。
子どもは、わかっています。

おかあさんの気持ちを。



子どもは、わかっています。

おとうさんの気持ちを。



子どもは、わかっています。

おばあちゃんの気持ちを。
おじいちゃんの気持ちを。
きょうだいの気持ちを。


ただ、言わないだけなのです。




子どもは、わかっています。

「おかあさんの気持ちをわかっていない!」と言う
そのおかあさんの気持ちを。



子どもは、わかっています。

「早くしなさい!」と言う言葉の奥にある
本当の気持ちを。


子どもは、わかっています。

「静かにしなさい!」と言ってしまった後の
あなたの気持ちを。


子どもは、わかっています。

「もっとがんばってほしいのに!」と言う
「のに…」に続けたくなる言葉を。



子どもは、わかっています。

あなたの愛を。

あなた以上に、あなたの愛を。

あなたの言葉の奥にある、本当の愛を。



ただ、それが言葉にならないのです。




子どもは、わかっています。

全身で感じています。


生まれたての赤ちゃんでも、
中年のおじさんでも。

子どもは、わかっています。


あなたより、あなたのことを。


ただ、言葉にするのがこわいのです。



だから、


自分の気持ちを分かってほしいと
何度も言わなくても大丈夫。


言えば言うほど、


そんなにも分かっている気持ちを、
「分かってもらえていない」と、
感じてしまうから。



あなたの空気を感じて、

あなたの背中を見て、

あなたの太陽のような笑顔を見て、

あなたのやさしい眼差しを見て、

あなたの生きて来た道を見て、

あなたがこれから生きていく姿を見て、


子どもは、わかっています。
今日は、満開の桜の中でウォーキング。

足を踏み入れた瞬間に、いい香り♪
桜の香りをこんなふうに感じたのは初めて。

そんな桜を眺めながらウォーキングをしていたら、
桜には浄化作用があるような気がした。


冬の間に溜め込んだいろんなことを
満開の桜がすくいあげて、空にまいているように見えた。

桜が散るころには、いろんなことがスッキリするのかも。

私がやっていきたいことを考えていました。

それは“輝き”ではなく“光”でした。

その光は、頭から放つ光ではなく、お尻から放つ光^m^


頭から放つ光は、なんだか苦しそうで…。
お尻から放つ光は、自分本来の発光ができそうな気がします。

何が違うのはよく分からないのだけど…。


お尻から光を放つ人になりたい!

お尻から光を放つ方法を伝えたい!


そう思いました。

私はありがたいことに「前向き」と言われることが多いのですが、
それは表面的、最終的に見えている部分で、
根はすばらしいほどのネガティブ思考です…。

グルグルいっぱい悩んで、悩んでいる自分が嫌になって、
最終的には潔く決意するので、
「前向き」とか「決断力がある」と見えるらしい。

でも本当は…

自分が発することに反応がなければ、すぐに落ち込むし、
そこから簡単に人間不信に陥るし、

自分に欠けているもの、足りないものばかりが見えて、
防御壁を高くそびえ立たせるし、

どんなの褒められても、それは上辺だけで、
「ダメなやつって思われてる」と思って人の輪に入っていけないし、

最終的には、すべてが嫌になって投げ出すこともしばしば。


でも「このスパイラルから抜け出すためにどうしたらいいのだろう」と考えていて、
今朝ふと思ったのです。


こんな毎日、幸せじゃない。

人が声をかけてくれなくても、
自分に欠けているものがたくさんあっても、
「ダメなやつ」って思われていても、

私自身が今日を幸せに生きていたら、なんとかなるのかも!って。


だから…


“今日を幸せに生きること”


私自身のために、ここに書き記します。